【台風10号】被災当日の詳しい状況と車を被災してから引き取ってもらうまでの全記録。

台風10号により被災した岩泉町。

僕はその中でも被害が甚大であった向町に住んでいたので、車も被災してしまいました。

正直どう処理していいかわからず右往左往しましたが、その経験も他の誰かのお役に立てればと思い、被災してから引き取ってもらうまでの流れを記していきたいと思います。

まあ被害にあわないことが一番ですが・・・

 

被災当日。見えない位置にある車。だからこそ期待した。

まず被災当日の様子をお話ししたいと思います。

その日は台風による大雨で定時きっかりに帰宅し、17:40分頃には帰宅していました。

 

帰宅途中川の様子を見ましたが、増水はしているものの、決壊するほどのものではないという印象を受けました。まだ決壊までには1メートル以上の余裕があったと記憶しています。

 

帰宅後は、こういう日は家でゆっくり過ごすのが一番とくつろいでいたわけですが、その僅か50分後の18:30分頃に組織の上司から電話がかかってきます。

逢見

オオミです。お疲れさまです!

上司

今どこいる?大丈夫?

逢見

え?家にいますけど・・・

上司

川があふれてみんな逃げてるよ。早く逃げたほうがいいよ。

電話しながらドアの上の窓から外を見る。

逢見

うわ、家の前が川になってる。やばい。逃げます。ありがとうございます。やばい。やばい

 

こんな感じで電話をしたと思います。

つまりまだ決壊はしないだろうと考えていた川が一時間も経たないうちに決壊していたということです。

 

私が逃げる時にはすでに膝のあたりまで泥が流れてきていたと思います。

もちろんドアの前を泥が流れているのですから、ドアも容易に開けることができません。

 

ドアを開けた瞬間泥が家に入り込んできます。(開けるまでは隙間からちょろちょろと漏れてくる程度)その時点でもう床上に泥が上がってしまいました。

 

慌ててドアを閉めるとすぐ泥が入ってくるのはおさまりましたが、ここから逃げるほかありません。

意を決してもう一度ドアを開けます。

 

すぐに泥が入り込みますが、なんとかすぐにドアを閉めて「これ以上泥が入りませんように」と祈りながら逃げ出します。

外に出て家の前まで行くと、少し高台に登ったところに呆然と立ち尽くしている人がいるのが見えました。なんだか声をあげています。

 

ふと振り返ると何件か先の車が濁流に流され始めているのが見えました。

私の車は家から30メートルほど離れた場所に駐車していますが、その前には民家があるため車の行方は見えません。

だからまだ大丈夫な可能性もありますが、

 

もう目の前の車が流されている。。。

これは車を走らせることは難しいだろう。

なんとか浸水だけでおさまってくれよ・・・

 

と考えながら高台のある車とは反対方向に逃げます。

 

その後町民会館に避難したのですが、その時点ですでに避難所は停電していました。

誰も状況がわからず、なんか助かったことを喜びつつ、置いてきたものたちを心配しつつ。いろんな気持ちがごっちゃになって興奮してなかなか眠れなかったのを覚えています。

 

多分家は泥が上がっているだろうけど、机の上においたパソコンは助かってくれよ・・・

車はどうなっただろう。

逃げ出した時は膝のあたりまで水が上がっていたけど、自分の車は少し傾斜がついた高いところにあるから少し浸水しただけで助かっているかもしれない。

でもすぐそばで車は流れていたし・・明日朝早く起きて様子を見に行こう。

 

そう決意しながらいつの間にか寝ていました。

 

衝撃の朝。それは予想以上だった。

翌朝4:30分には起きて、明るくなったと同時に様子を見に行きます。

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これはひどい。予想以上だ。衝撃が走ります。

家の前に車が流れ着いていますが、誰のものかわかりません。少なくとも自分のものではありません。この位置からはもともと自分の車は見えませんが、この道には流れ出てないようです。

間違いなく浸水はしただろうし流されただろうけど、少し動いた程度かも。使うのは難しいけど、せめて中のものが無事なら・・・そんな期待も持ちつつ、車が置いてある場所まで駆け足で向かいます。

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目の前に広がったのは何もない光景。跡形もないのです。

ここまで綺麗さっぱりなくなっていると諦めがつきます。

 

「もう確実にダメだ。今までありがとう。」

 

車中泊で全国各地を周るのが好きなので、車と過ごした時間は長かったと思います。だから最初に出たのが車への感謝の言葉でした。それと同時にいろんなとこへ行った思い出が駆け巡ります。

そういえば、岩泉に初めて来た時もこの車で車中泊で東北一周の旅をしていた時でした。

 

車を探すも見つからず。川底に沈んでいることも覚悟する。

いつまでも感傷に浸っていられません。車はどこに流れ着いているのか町中を探し回ります。道路も泥だらけ、流木が行く手を塞ぐその光景に言葉を失いました。

清水川③

町中どこを探しても車は見つかりません。これは川に流さてかなり遠くに沈んでいるに違いない。この状況からそんな車は見つかっても後回しだろう。

家も肩のあたりまで浸水し、すべて泥だらけ、机にあげたパソコンも、机ごとひっくりかえされ、すぐに片付ける気にもならなかったので、車を探しつつ、町中の被災状況を確認しつつ、仲間が無事か確認しつつの生活を3、4日続けました。

車についてはほぼ諦めていましたが、他のことに手をつける気にもなれず、ほぼ呆然としていたのを記憶しています。

 

車が見つかる。予想よりかなり近いところに。

そんな時、僕の車ぽいのが見つかったという情報を耳にします。

案内されたところは、予想外に駐車場に近いところでした。

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通りからは見えないところで、民家の庭先に入り、覗き込まないと見えないところなので、発見できなかったのも無理ありません。

その光景は衝撃的でした。民家に突っ込み、その上に近くから流れてきた民家がバラバラになって覆いかぶさっている・・・強化ガラスが割れ流木が突っ込んでいます。

あの時車を逃がそうと車に乗っていたら・・・

そんな恐怖が頭をよぎりました。

 

しばらくは待機するしかない。だが誰が車を片付けるんだ?

車が見つかったのはいいものの、このような状況でとても中に入ることもできません。またここまで行くのに瓦礫だらけで重機も入ってこれないので、しばらくは様子を見るしかありません。

 

とはいえ何もせずこのまま放置していいものなのだろうか。

何かこちらからどこかへお願いする必要があるのだろうか。

初めてのことなので全くわかりません。

 

やっと避難所の電気は回復したものの充電も順番待ちで携帯電話の充電もできません。電話もできなければ、ネットで調べることもできないのです。

悩みましたが、連絡したところですぐに車を持っていける状況でもないので、周りの様子を見守ることにしました。おそらく片付けやすいところの車から徐々に動きが見えるだろう。それを見てからまた考えようと。

その間に聞こえてきたのは、どうやら持ち主が許可しないと業者が車を撤去できないらしいということです。

 

業者とは誰か?どこに言えばいいのか?

しばらくしてわかったことは、

 

どうやら撤去したい車の近くに持ち主がたまたまいた場合、許可を取り撤去しているらしいということ。

 

そんなタイミングのいいことなんてあるのだろうか。まあとりあえず様子を見よう。

僕のアパートの前に突っ込んでいた車が、災害後10日ほどでやっと撤去が始まりました。JAFが作業しています。うん?JAFに加盟していない場合はどうするんだろう?

 

その場に居合わせた方々から話を聞いてみると町内の工務店も撤去作業するということ。まだ道路状況が悪くそちらの復旧を優先しているようなので、その対応が終わり次第ということのようです。順番が来るまで待っていよう。

この頃には、家の片付けも始めていたので、車のことはあまり考えていなかったと思います。

目の前にある泥をかぶったものの整理と泥かきに追われそれどころではなかったですから。

 

保険会社への連絡。まずは町内でやるしかない。

ここまで見てきて疑問に思った方もいるでしょう。なぜ保険会社に頼らないのかと。

正直携帯電話の充電状況が思わしくなかったことも理由の一つですが、

 

それよりも道路があちこち寸断され、岩泉町に入ることができないという状況が続いていたために町外の企業ではどうすることもできなかったという点が大きいのです。

 

実際に連絡したところ、持っていくことはできるが道路状況が悪く、しばらく行けないと言われました。そして瓦礫の中から引き出すことはやらないとも。

そうすると、町内の業者に頼むしかないわけですが、そこに頼むと保険がきかないのではないかという不安が出てきます。

そもそも無料なのか。

町が何かしらの補助を出すのか。

その辺りを町に問い合わせると、町の方で近くの瓦礫置き場まで運ぶという答えが返ってきました。町が工務店に依頼してそこまで運んでもらっているということみたいです。

そのあとはどうするか。廃車手続きは自分で行うのか。瓦礫置き場まで持って行ったあとはどうするのか。町で撤去してもらえるのか。再び問い合わせます。

 

震災の時は車を瓦礫扱いにして町で撤去した。今回はわからない。後日連絡する。という回答を得ました。

後日、瓦礫置き場に運んだあとは自分で撤去してくださいと連絡があり、ようやく方向性が決まります。

まずは、町の方で瓦礫置き場まで運んでもらい、そこから保険会社の用意する業者が撤去するという流れです。

 

必要書類は車検証。その他は保険会社任せでいい。

保険会社とのやりとりの中で、必要なものとして言われたのは、車検証でした。

車検証自体が必要というわけではなく、所有者などの情報を確認するためとのことで、その他の書類で確認できれば、車検証でなくても問題はないようです。

車の中に車検証は置いていたのですが、中もこのような有り様で、書類はぐちゃぐちゃになってしまったのか見つかりませんでした。

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幸いなことに実家に車検証のコピーがあり、それで大丈夫だということで一安心。その他に書類関係で本人が何かするということはありませんでした。

 

車の中をきれいにしないと持っていかないって。

実際に車を持っていくのは保険会社ではありません。保険会社から依頼された撤去する業者を斡旋している業者の下請けが車を取りに来ます。斡旋している業者をB社、下請けをC社とすると、下請けC社の方針次第により想定外の事態が起こります。

なんと、車の中をきれいにしないと持っていかない。というのです。

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中は流木やゴミが入り込み、とんでもない状況。その上、後ろのドアが開かないため泥かきもまともにできません。

これはさすがにないだろう。こんな状況で車の中を片付ける余裕なんてない。周り見てもそんなことやっている人いないぞ。。。

そう思い、保険会社に問い合わせます。

逢見

B社に、C社から車の中をきれいにしないと持っていかないと言われたのですが、そんなもんなの?

保険会社

B社に確認してみます。

 

その2日後、B社から違うところを探したら、D社というのが見つかってそこなら車内はそのままで大丈夫とのことです。という連絡が来ました。

それなら最初からそういうところ見つけてくれよと思うのですが、もし抗議の電話をしなければ、ドアもろくに開かない車の車内を綺麗にしなくてはいけなかったでしょう。

少しでもおかしいな、こんなことする必要ある?と思ったら保険会社に聞いてみるべきです。

 

災害発生から約1ヶ月。ついにお別れのとき。

D社が見つかったことでやっと持って行く日にちが決まります。9月26日、災害発生から約1ヶ月。かなり時間が経ってしまいました。

トラックに乗せる前に車の周りをぐるぐる回り、損傷具合を確認していきます。

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どうやって動かない車を持って行くのだろうと思って見ていると、何やらチェーンを車に引っ掛けました。これで機械でチェーンを巻き取っていき車を動かすんですね。

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無事に乗せることができました。

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運ぶ時に窓が割れないようにということなのか、養生テープと透明なシートでガラス部分を覆っていきます。

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ここまでやって終了!!

最後に損傷具合を確認したシートを渡されます。

いざ持って行くとなると寂しいですね。これからしばらくは乗り続けるつもりだったので残念。

正直買い換えるお金もないのでこの先どうしようか。という感じです。岩泉は車ないと生活できませんからね・・・

 

まとめ

車が被災してしまった場合の対処方法をまとめます。

  1. 役場の対応を確認する(おそらくは1週間は対応方針が決まらないと思うが。)
  2. 保険会社に連絡する(自分の保険がその災害に対して対応できるものかどうか含めて確認すること。水害でも津波と河川の氾濫では異なる)
  3. 保険で対応できるようなら保険会社に任せる(書類関係はほぼ全てやってくれます。)
  4. 何か困ったこと、疑問点があれば保険会社に問い合わせる(これをやったおかげで車内掃除せずに済みました。)

 

災害直後は連絡手段を絶たれている可能性があります。それでも焦る必要はありません。まわりの様子を見ながら、時には助けを借りながら少しづつ進めていきましょう。

 

▼新しく車を購入しました。