伝統的な挽物木地師の世界へ。技術習得を目指し奮闘。

およそ1年ぶりのブログ更新。かなりご無沙汰になってしまいましたが、身の回りの環境が一変しました。

約4年間お世話になった岩手県岩泉町を離れ、4月末から、群馬県上野村にて、挽物木地技術習得に向け、本格的な修行に入っています。

新卒で木材会社に就職し、岩手に移動してからも、合わせて8年近く、いわゆる営業職(厳密に言えば、世の中の営業職とはかなりかけ離れている気がしますが・・・)として、働いていました。

そこから心機一転(ここ2年ほどは自己流で木工を始めていましたが)、挽物木地師という“職人”の世界に踏み出すことになりました。もう30歳。自分でも思い切った挑戦だとは思いますが、一度しかない人生、やりたいと思ったことをとことん追求してみようと決意した結果です。

挽物木地師の世界

今回はあくまで「挽物木地師への転身の知らせ」なので、詳しいことは別記事に記載しようと思いますが、挽物木地師とはどのような職業なのか全く検討もつかないという方も多いのでは?と思いますので、さらりと挽物木地師について触れてみたいと思います。

ごく簡単に説明すれば、「轆轤(ろくろ)を使って椀など丸い物を造る技術を持った職人」が挽物木地師です。

木材を轆轤機械で回して、刃物で丸く削っていく様子をテレビなどで見かけたことのある方も多いのではないかと思います。伝統工芸とか言われるような分野だとイメージしていただいて良いかと思います。

ただ、ひとえに挽物木地師と言っても、産地により挽き方(今後、“挽く”という言葉をこのブログでは多様していくと思いますが、読者の皆様には“作る”ことだと置き換えていただいて結構かと思います)が異なり、当然職人の持つ技術もことなります。

何が違うの?という疑問には次回以降お答えすることとして(自分も勉強中なので、全て正確なことを書けるとは思いませんが・・・)、産地ごとに技術が異なるだけでなく、いくつもの工程に分かれている分業制を導入している産地も多く、職人によっては、「この部分はできるけど、そこはできないよ」というようなことが起こるのだそうです。

例えば、お椀を作るとして、一つのお椀ができるまでは、ざっくりと4つの工程があります。

①製材②荒挽き③仕上げ挽き④塗装

もちろん、それぞれの工程の中にもいくつもの工程があるのですが、大まかに4つの工程をイメージしていただければと思います。

①の製材

産地によっても異なりますが、これらをそれぞれ分業して行うことが多いようです。①だけの人もいるし、①、②だけを行う人。③だけ、④だけの人もいるし、③、④を兼任している人もいます。

この4つの工程を全て一人で行うということは、極めて稀だと思っていただいて構いません(洋式のウッドターニングでは「最初から最後まで」は基本的なようですが、また少し違う世界なので、こちらは後日改めて記事にしたいと思います)。

つまり、僕たちが普段使っている器は、何人もの職人が関わっている作品だということです。

僕が上野村での修行を選択した理由

狭い世界で沢山の選択肢があったわけではありませんが、いくつかの選択肢の中で上野村での修行を選択した理由は、ズバリ“全て出来るから”です。

僕がお世話になっている今井挽物工芸社の今井さんは、①〜④までの工程を全て一人で行なっています。

全部自分で行うので、覚えることは山ほどありますが、それだけ利点も多いと思います。

②の荒挽き

もし③しかできなければ、荒挽きをどこからか購入しなければなりません。

購入した分は原価に反映されますし、伝統工芸の世界はただでさえ後継者不足が問題なので、いつまで荒挽き職人がいるかわかりません。

いなくなれば、自分も仕事できない・・・という事態も起こりうるわけです。

だから、これからの時代に職人になるには、“全てできる”ということが、必ず自分の助けになると考えました。

しかも、木目に対し直角または交差して挽く横挽きと、木目と平行に挽く縦挽きの両方の技術(2つの産地で技術を学んできたそうです)が学べるので、出来る商品の幅も広がります。

上野村はいわゆる伝統的な挽物の産地ではありませんが、だからこそ、分業制が進まず全ての工程を行える職人が生き残ってきたのかもしれません。

その技術を受け継げるチャンスがある・・・とても幸せなことだと思います。

まだ始めたばかりで、「覚えること多すぎ!難しい!」と思うこともありますが、日々新しいことに出会い、興奮を覚えながら、修行に励んでいます。

長らく放置していたブログですが、今後、修行の様子や挽物について記事を定期的に書いていきたいと思います。

楽しみに。