少しの違いがプロ野球の歴史をつくる。王貞治やイチローのバットからみる木の奥深さ。

皆さんは野球のバットに何の木が使われているかご存知ですか?アメリカや日本でも少しづつ異なりますが、今の主流はアメリカではメープルとホワイトアッシュ、日本ではアオダモが使われることが多いです。それぞれに木の性質が異なり、使う選手の打撃スタイルとの相性によって使う樹種を決めていきます。

 

例えば、昨年メジャーリーグで3000本安打を達成したマイアミマーリンズのイチロー選手は、アオダモを使用しています。アオダモはしなりが強く、ボールとバットとの接地時間が長くなるので、バットコントロールがしやすいという特徴があるそうです。ですから、アオダモはアベレージヒッターに好まれる傾向にあります。

 

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対して、メープル材は反発力が強いので、ホームランバッターに好まれる傾向があります。あの松井秀喜選手も日本時代はアオダモを愛用していましたが、メジャー移籍後は、反発力を重視し、メープル材のバットに変更しています。メジャーのホームラン王バリーボンズ選手もメープル材のバットを使用しています。

このように、選手たちは材種ごとに異なる打撃感を感じ取り、自分のスタイルにあった材種のバットを選択していきます。

 

全部略せばタモなんです

様々な材種がある中で、今回はとりわけ、一般的にタモと言われている材に注目して取り上げていきたいと思います。イチロー選手が使っているアオダモ、多くのメジャーリーガーが使っているホワイトアッシュ、そしてかつて王貞治選手が使っていたヤチダモ、これ実は全部モクセイ科トネリコ属なんですね。アッシュは和名でタモ。アオダモもタモ。ヤチダモもタモ。でもそれぞれ若干違うから種類が分かれているわけですが、やはりバットにした時の特性も異なるようです。

アオダモ

それなりに堅さがあり、よくしなり、耐久性にも優れています。北海道のアオダモが最高級と言われ、多くのプロ野球選手のバット材として使用されてきました。
ただ、アオダモは育成に70〜80年とかなり時間がかかるため材の確保が難しく、なおかつ戦後の無計画な伐採によってその数が激減しているため、今ではごく一部の一流選手にしか手にすることができない貴重な材となっています。

 

ホワイトアッシュ

ホワイトアッシュはアオダモと比べあまりしなりません。しかし硬く反発力があると言われ、打った感触は金属バットに近いとされています。ホワイトアッシュはその生育環境により特性が大きく変わると言われていて川沿いなどの低地で育ったしたアッシュは軽くて柔らかく、山岳地帯など高地で育ったのアッシュは重く堅いと言われています。ホワイトアッシュはアオダモと比べ木目が粗く、剥がれやすいようです。

*木材は一般的に気温の暖かい場所では早く育ちます。成長が早いため木目が粗く、体積あたりの重量は一般的に軽くなります。反対に、涼しい場所では生育が遅くなるため、材が引き締まり、木目も細かくなります。体積あたりの重量は一般的に重くなります。

 

ヤチダモ

アオダモに比較的近い材種ですがアオダモよりも粘りがないため、木目から剥がれやすい・折れやすいという弱点がありました。今では禁止されていますが、かつては、その欠点をなくし、割れにくくするために樹脂加工を施した、いわゆる圧縮バットがプロ野球界を席巻しました。

ヤチダモの圧縮バットを愛用した代表的な選手は、世界のホームラン王・王貞治選手、「喝!!」でお馴染みのNPB安打記録保持者・張本勲選手がいます。

 

圧縮バットをめぐる誤解

圧縮バットが生まれた背景は、国内で最も野球のバットに適していると言われているアオダモの不足に起因しています。圧縮バットの生みの親はバット職人の石井順一さんで、当時からアオダモは希少種で、アオダモをこのまま使い続けていったら枯渇してしまうことがわかってた石井さんは、それを避けるために違う材種でバットに適したものがないだろうかと試行錯誤を始めます。

アメリカからホワイトアッシュなどの材を輸入することもできますが、当時日本の野球界はアメリカに追いつけ、追い越せを合言葉に盛り上がっている最中であり、日本人が屈強なアメリカ人に勝つには、「軽さ」「しなり」が重要だと考えたのでした。

出典:地方独立行政法人 北海道立総合研究機構

そこで目をつけたのがヤチダモなのです。ヤチダモはアオダモと比べ木目から剥がれやすいとう欠点があったため、表面を樹脂で固めて耐久性を上げることを目指しました。これが圧縮バットの始まりなのです。上の表を見ていただければわかりますが、ヤチダモはアオダモと比べ、曲げに対するつよさ、堅さともに低い数値が出ています。しかし比重が低いので、「軽い」という点では優れていることになります。軽いと操作性は良くなります(結局樹脂で圧縮しなければ使えないので、バットにすると重くなってしまいますが・・・)。

本格的な実験、大学野球での使用が始まったのは1950年台。まさに長嶋選手がプロ野球に登場したころの話となります。

 


そして1962年、ちょうどその年に一本足打法に変更し、ホームランを量産し始めた王貞治選手がシーズン終了間際の10月から圧縮バットの使用を始めました。石井さんは早稲田実業の先輩にあたり、以前から王選手と交流があったそうです。王選手は、その使用感を気に入ったこと、そして球界の先頭を切ってアオダモ枯渇の問題に取り組む意味合いを込めて圧縮バットを使い始めたのでした。

その後、王選手は引退する1980年まで圧縮バットを使い続けました。そして、引退したその歳を最後に圧縮バットは使用禁止になったのです。

実は、このことを要因に、圧縮バットは反発力が高く、飛びやすい。だから王選手のホームラン記録は圧縮バットのおかげであり、プロ野球機構は王選手の引退を待って圧縮バットを禁止したのだという人もいます。

しかし、

・そもそも圧縮バットの開発は、アオダモの枯渇を危惧したことから始まっている

・王選手以外にも多くの選手が圧縮バットを使用したが、それでも13年連続15回の本塁打王獲得と、プロ野球史においても異常なほど傑出している

・圧縮バットの禁止は、1970年台後半かボールが飛びすぎる点、球団ごとに使用するボールが異なり不公平だという批判がプロ野球機構に寄せられたことに始まり、ボールだけ規制するのは不公平だということで、圧縮バットも規制された

という点を考慮すれば、あまりに心ない言葉だと思わざるを得ません。

もう一つ背景があって、石井さんの開発した圧縮バットに追随するように、他のメーカーも圧縮バットを開発していきましたが、石井さんが開発したものとは異なり、何重にも樹脂を塗り固めた圧縮バットが開発されていました。そのバットは非常に堅く折れにくいですが、折れた時に堅い破片が飛び散るとして危険視されていたのです。そういった本来の意味での圧縮バットとは異なるものが出てきていたのは間違いないと思います。

 

アオダモの枯渇を危惧し始まった、本来野球のバットとしては物足りない”ヤチダモ”の利用は、圧縮バットとともに時代の波に飲み込まれて消えていったのでした。(草野球用の集成材バットとしては生き残っているという情報も)

そして今、バットの材料として使えるようなアオダモは、ほぼ枯渇してしまいました。あのイチロー選手ですら、アオダモの枯渇でホワイトアッシュに変更したと言われています。確か、2016年シーズンが始まる前に、テレビのインタビューで「全然ない。(安定供給できないのかと聞かれ)いや安定ではなくてないんですよ。」と答えていたのを覚えています。私もアオダモが少なくなっているということは知っていましたが、イチロー選手の言葉に、「そこまできたのか」と非常に驚きました。

 

少しの違いがプロ野球の歴史を生んだ

アオダモ・ヤチダモ・ホワイトアッシュ、どれも同じモクセイ科トネリコ属でありながら、その特性の違いが、様々なドラマ・歴史を生んできました。決して表舞台にはのらない裏話だとは思いますが、プロ野球を語る上で木から生まれる物語は欠かすことのできない重要な話題でしょう。知れば知るほど奥深いですね。